COLUMN
#土木インフラの仕組み

知られざる下水道の仕組み|街を支える土木インフラの裏側を解説
2025.6.30
目次
普段、私たちが何気なく使っている水道やトイレ。
その裏側で24時間365日、静かに機能し続けているのが「下水道」という土木インフラです。
目にすることの少ないこのシステムには、精密に設計された構造と巧妙な仕組みが張り巡らされており、都市の衛生や安全を支える縁の下の力持ちといえます。しかし、その実態や仕組みは意外と知られていません。
本コラムでは、私たちの暮らしを支える下水道の構造を深掘りし、どのような仕組みで日々の生活を守っているのかを解説します。見えないからこそ知っておきたい、街の土木インフラの裏側に迫ります。

私たちの暮らしと下水道の関係
下水道とは何か?役割と基本の仕組み
私たちが生活するうえで、なくてはならない存在となっているのが下水道です。飲み水やトイレ、キッチン、お風呂などで使った水はすべて、排水としてこの下水道に流れていきます。つまり、下水道は単なる水の通り道ではなく、街全体の衛生を守る「生命線」ともいえる存在なのです。
下水道の基本的な仕組みは、「重力による自然流下」です。家庭やビルから排出された汚水は、地下に敷設された管を通じて、徐々に下へと流れていきます。これを支える構造は非常に計算されており、道路の下に敷かれた管の傾斜や直径、水の流れを止めないための曲線的な接続など、すべてが緻密に設計されています。
さらに、下水道は単なる排水路ではありません。近年は気候変動によるゲリラ豪雨対策として、雨水を一時的に貯めるための調整池や地下貯水槽なども整備され、排水だけでなく“水害を防ぐ”という新たな役割も担っています。こうした複合的な仕組みは、私たちの知らないところで日々稼働しているのです。
家庭から排水された水の行方
あなたの家で流した水は、いったいどこへ向かっているのでしょうか?
トイレや洗面所、台所で使われた水は、まず屋内の排水管を通り、建物の外に出て「公共下水道」に接続されます。この下水道管は、地中に張り巡らされた複雑なネットワークの一部であり、その構造は都市の規模や地形によってさまざまです。
一般的な構造では、下水道管は口径の小さな「枝線」から始まり、徐々に太くなる「幹線」へと合流していきます。そして、最終的には下水処理場へと水が送られ、浄化されてから川や海へ放流されるという仕組みです。処理場に至るまでの道のりには、自然流下では届かない低地も存在します。そのため、地下に設けられたポンプ場で水をくみ上げ、さらに先へと流す「圧送」という仕組みも取り入れられています。
また、排水には「汚水」と「雨水」があり、これらを分けて流す「分流式」と、同じ管で処理する「合流式」という二つの構造方式が存在します。日本では近年、水質保全や処理効率の観点から分流式が主流となってきています。
このように、日常生活で生まれる水がどのように運ばれ、どのような構造を通っていくのかを知ることで、下水道という存在の仕組みの奥深さを実感できるでしょう。
地下に張り巡らされた下水道の構造
地下構造の複雑さとその工夫
都市の地下には、道路や鉄道、電気・ガス・通信ケーブルといったインフラが密集しています。その中で下水道もまた、縦横無尽に構築された非常に重要な構造のひとつです。特に下水道は重力によって水を流すという基本原理を持っているため、地形や標高差を的確に把握し、流れを阻害しないように設計する必要があります。
一般的に、家庭や建物から出た排水は「枝線」に流れ込み、次第に「幹線管」へと合流します。これらの幹線管は都市の地下に大きなネットワークを形成しており、最終的には下水処理場に至るまで水を運ぶ役割を果たしています。
この仕組みの中には、高度な構造的工夫が組み込まれています。たとえば、地形が急な地域では流速が上がりすぎて管を傷めてしまうことがあります。そのため、途中スロープや落差工を設け、流れをコントロールする技術が導入されています。
また、都市部では道路の直下に下水道を通すだけでなく、地上の制約を避けてビルの地下や地下鉄路線と交差する場合もあります。これにより、下水道構造は三次元的に設計されており、非常に緻密な空間計画が必要とされます。
大都市における大規模下水道システム
特に大都市では、人口密度と生活排水量の多さから、下水道の構造はより大規模かつ複雑になります。東京都では、地表から数十メートル下に直径数メートルの巨大なトンネルを掘り、そこに汚水を集めて処理場まで運ぶという構造がとられています。
この深層型の下水道は、表層の混雑したインフラ空間を避けると同時に、大量の排水を効率よく流すことができる構造になっています。加えて、ゲリラ豪雨などの異常気象に対応するために、雨水の一時貯留にも使われており、災害対応の仕組みも組み込まれています。
このような大規模システムでは、「中継ポンプ場」と呼ばれる施設も重要です。自然流下だけでは処理場まで水が届かないため、定期的にポンプで水を押し上げる必要があります。これらの施設は無人運転が多く、センサーや遠隔監視によって、仕組み全体が自動で制御されているのも特徴です。
大都市の下水道構造は、単なる配管網ではなく、災害対策・効率運用・都市成長を支える“総合システム”として進化を遂げているのです。
下水処理場の仕組みとその働き
微生物が担う“水の浄化”の仕組み
家庭や事業所などから下水道を通って集まった汚水は、そのまま自然に返すわけにはいきません。そこで必要になるのが「下水処理場」です。ここでは、排水に含まれる汚れを取り除き、河川や海へと安全に放流できるレベルまで浄化する仕組みが整えられています。
処理の流れは大きく分けて3段階です。まず、ゴミや砂などの大きな異物を取り除く「沈砂池・スクリーン処理」。次に、水中の有機物を微生物の力で分解する「生物処理」。最後に、消毒・脱臭などを行って水質を整える「高度処理」が行われます。この一連の仕組みは、すべてが連動しながら稼働する複雑な構造によって成り立っています。
特に注目されるのが、生物処理工程です。ここでは「活性汚泥法」と呼ばれる仕組みが一般的に採用されており、下水に含まれる有機物を微生物が分解してくれます。まさに自然の力を活用した構造であり、環境と調和した処理が実現されているのです。
処理後の水は、基準を満たせば河川へと放流されますが、一部は再利用されて公園の噴水や工業用水などにも使われています。下水道の構造の中で最も高度な“浄化の拠点”として、下水処理場は私たちの生活を陰で支えているのです。
再生水・汚泥処理・再利用の仕組み
下水処理場では、水の浄化だけでなく、処理の過程で発生する「汚泥」の処理も重要なテーマです。汚泥とは、沈殿や生物処理の結果として残る有機物のかたまりであり、これをいかに効率よく、安全に処理・再利用するかが下水道の運営にとっての大きな課題です。
かつては焼却や埋立が主流でしたが、近年ではこの汚泥をエネルギー源として再利用する動きが活発化しています。たとえば、メタン発酵によってバイオガスを生成し、発電に利用する「汚泥発電施設」や、汚泥を乾燥させてセメント原料や土壌改良材にする技術も登場しています。これらの仕組みもまた、下水道インフラの一部として重要な構造を成しています。
また、処理水も単なる「放流水」ではなく、都市部では清掃用水や工業用水、散水用として再利用されており、水資源の有効活用という観点からも注目を集めています。一部の先進都市では、下水処理水をさらに高度に浄化して飲用可能なレベルにまで引き上げる「再生水プロジェクト」も進行中です。
こうした再利用の取り組みは、持続可能な都市インフラの実現に直結しており、下水道という構造のなかに、新たな価値と循環の仕組みを組み込んでいるのです。
災害と下水道 ― 地震・豪雨・高潮への備え
自然災害が与える影響と課題
日本は地震や台風、集中豪雨など、自然災害が頻発する国です。その中で、下水道インフラもまた、数多くの災害リスクにさらされています。下水道が一度でも機能を失えば、汚水が逆流したり、道路や住宅が浸水したりと、私たちの生活に大きな影響を及ぼします。
たとえば、地震によって下水道管が破損すると、漏水や沈下が発生し、地盤や建物に二次的被害をもたらす恐れがありますさらに、高潮や津波による海水の逆流も深刻な課題です。港湾部や河口近くの下水道では、これらの外力から構造を守るため、逆流防止装置や排水ポンプの強化が行われています。
災害時の下水道の被害は、見えにくいからこそ発見が遅れがちであり、被害の深刻化を招くことも少なくありません。だからこそ、平時からの備えと構造的な強靭化が必要なのです。
強靭化のための構造的工夫と技術導入
こうした自然災害から下水道を守るためには、従来の構造に加えて新たな工夫と技術の導入が不可欠です。まず挙げられるのが「耐震化」です。下水道管やマンホールの接合部に柔軟性を持たせる構造にすることで、地震による断裂やズレを防ぐ技術が普及しています。また、管路自体を二重構造にすることで、破損リスクを抑える設計も取り入れられています。
豪雨への対策としては、雨水の一時貯留施設の整備が進んでいます。地下に巨大な貯水槽(調整池)を設けて雨水を一時的にため込み、処理場が対応できる量だけを時間差で送り出すという仕組みです。これはまさに、構造によって「時間を稼ぐ」防災手法の一例です。
また、近年ではICTやセンサー技術の導入も進んでいます。水位センサーや流量計を下水道内に設置し、豪雨やトラブル時の状況をリアルタイムで把握。遠隔操作によってポンプを稼働させたり、警告を発したりする仕組みが構築されています。これらは「スマート下水道」と呼ばれ、災害対応力を飛躍的に高めています。
このように、災害リスクと向き合いながら構造を強化し、新たな仕組みを組み込むことで、下水道は信頼性を日々高めているのです。
維持管理と見えない努力
365日止まらない監視と保守の実態
下水道の構造がいかに優れていても、それを支える「維持管理」がなければ、仕組みはすぐに機能しなくなってしまいます。実際、都市の下に張り巡らされた下水道網は、年月とともに劣化し、詰まりや破損といった問題が起きる可能性があります。だからこそ、日常的な点検と保守は欠かせないのです。
維持管理の現場では、まず「マンホールからの点検」が基本となります。
マンホールを開けて専用カメラを挿入し、下水道管の内部の構造や状態を確認する仕組みが整えられています。近年では高性能なロボットを使った内部点検や、自動で劣化箇所を判別するAI診断も導入され、効率化と精度向上が進んでいます。
また、詰まりを防ぐために「定期洗浄」も行われています。高圧水を用いた洗浄車で、管内にたまった汚泥や異物を除去する作業は、地味ながらも非常に重要な役割を果たしています。こうした作業によって、下水道の仕組みは日々安全に保たれているのです。
維持管理に必要な費用も決して小さくはありません。自治体ごとに保有する下水道の延長は数百キロメートル以上に及ぶこともあり、その構造全体を維持するためには、長期的かつ計画的な投資と人材育成が求められます。
たとえば、夏場のマンホール点検では、地表の気温が35度を超える中、作業員は狭く湿気のこもった空間に潜って作業を行います。あるベテランの作業員は、「一番きついのは、蒸し暑さと臭いのダブルパンチ。慣れたつもりでも、汗が止まらなくなる」と。それでも黙々と点検や洗浄作業をこなす姿からは、インフラを支える誇りと責任感がにじみ出ています。
現場作業員の声と課題
下水道の維持管理は、決して華やかな仕事ではありません。それでも現場で働く作業員たちは、「誰かの生活を支えている」という強い使命感を持って日々の業務にあたっています。
こうした現場には、単なる作業ではない高度な知識と技術が必要です。
たとえば、老朽化した下水道の構造を見抜き、最小限の補修で最大の効果を発揮する修繕方法を選定するには、経験と判断力が欠かせません。近年では掘らずに補修する技術も普及しており、地下インフラに負荷をかけずに下水道を再生する仕組みが注目されています。
しかしながら、人材不足という課題も深刻です。若い世代の担い手が少なく、ベテランの引退による技術継承の断絶が懸念されています。下水道という土木インフラを支えるこの構造と仕組みを、次世代へ確実に引き継いでいくには、業界全体での取り組みが求められます。
たとえば、老朽化が進んだ管路を調査する際、図面と実際の構造が違っていたり、予想外の場所に亀裂が見つかったりすることもあります。「現場に行って、手で触れて、においで異常を察知する感覚は、まだAIにはできないと思う」と語る作業員もおり、長年の経験がそのまま判断力となって現場で活きています。こうした“勘と経験”が支える仕組みこそ、技術と人の融合が必要な下水道のリアルな姿なのです。
未来の下水道―スマート化と新しい構造
ICT・IoTで進化する“スマート下水道”
これまで下水道といえば、「地中にある静かなインフラ」という印象が強かったかもしれません。しかし近年、そのイメージは大きく変わりつつあります。ICT(情報通信技術)やIoT(モノのインターネット)の導入により、下水道も“スマート化”の時代を迎えています。
たとえば、下水道管内の水位や流速をリアルタイムでモニタリングするセンサーが全国で導入されつつあり、雨の降り始めと同時に処理場やポンプ場が自動で稼働する仕組みが構築されています。これにより、豪雨による内水氾濫を未然に防ぐだけでなく、平常時の効率的な運転管理も可能になっています。
スマート下水道の導入は、作業員の安全確保や人材不足への対応、災害リスクの低減といった課題解決にもつながっており、未来の下水道インフラの在り方を大きく変えつつあるのです。
自然共生型のインフラ構造へ
技術革新と並行して、近年では「自然との共生」を重視した下水道インフラの構造も注目されています。これは、従来のコンクリート構造物による排水一辺倒の仕組みから、都市の自然環境と調和した水循環を目指す新しい方向性です。
代表的な取り組みが「雨庭」や「透水性舗装」です。これは、雨水を下水道に一気に流すのではなく、地面にしみ込ませたり、一時的にためたりする構造を都市内に分散配置するという仕組みです。こうした設備が都市全体に整備されることで、下水道の負荷を軽減しつつ、水循環の健全化にも貢献できます。
また、一部の自治体では、下水道と公園、河川などの公共空間を一体として捉えた「グリーンインフラ」の考え方が進められています。これは、都市空間そのものを“水をためる・流す・浄化する”という構造の一部として設計するものであり、下水道の機能を街づくりと融合させる革新的な仕組みです。
こうした自然共生型の構造や仕組みは、気候変動や都市の高密化といった新たな課題に対応するうえで、非常に有効な手段となっています。未来の下水道は、単なる「排水システム」ではなく、都市環境そのものと連携する「社会インフラのハブ」として進化していくことでしょう。
まとめ
私たちが日々快適に暮らせるのは、目に見えない場所で確実に機能している下水道のおかげです。家の排水がスムーズに流れ、道路が浸水せず、安全に暮らせるのは、すべて精密な構造と緻密な仕組みによって支えられているからに他なりません。
本コラムでは、下水道の基本的な仕組みから始まり、地下構造の複雑さ、処理場での浄化プロセス、災害対策、維持管理の現場、そして未来を見据えたスマート化や自然共生型の構造まで、多角的に下水道という土木インフラの実態を解説してきました。
私たちの生活は、こうしたインフラが正常に動いていることを前提としています。老朽化、災害、人材不足といった課題に立ち向かいながら、下水道は今もなお、進化し続けているのです。
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