COLUMN
#土木インフラの仕組み

地震に強いインフラとは?耐震構造のしくみをやさしく解説
2025.8.14
目次
日本は世界有数の地震多発国です。大規模な揺れが発生すれば、住宅やビルだけでなく、道路・橋梁・上下水道・電力網といった社会の基盤であるインフラも大きな被害を受けます。これらのインフラが損傷すれば、交通や物流は停滞し、ライフラインが途絶し、経済活動や医療体制にも深刻な影響が及びます。阪神淡路大震災や東日本大震災の映像を覚えている方も多いでしょう。あの日、私たちは「備えがなければ社会は簡単に止まる」という現実を痛感しました。
そこで重要になるのが耐震構造です。地震の力に耐え、被害を最小限に抑え、できるだけ早く機能を回復させる構造や設備を事前に整えておくことが、社会の安全を守ります。
本コラムでは、住宅ではなく公共性の高いインフラに焦点を当て、耐震構造の基本原理や、道路・橋梁・上下水道・電力設備などの事例、最新技術、さらには地域防災計画との連携まで幅広くやさしく解説します。皆さんにも、自分の暮らす街のインフラ耐震化状況を知るきっかけにしていただければと思います。

地震とインフラ被害の関係
インフラが被災すると何が起こるのか
地震は、わずか数十秒の揺れで、何十年もかけて整備されたインフラを一瞬で機能不全に追い込みます。
大都市圏で高速道路が複数区間通行止めになれば、救急車や消防車は迂回を強いられ、到着時間が延びます。このわずかな遅延が、救命率や初期消火の成功率を左右することもあるのです。
鉄道インフラが被災すれば、通勤・通学だけでなく物資輸送にも影響します。港湾設備が被害を受ければ、燃料や食料、医療物資の供給が途絶する可能性もあります。
上下水道の被害は地震直後から生活に直結し、断水や下水処理の停止が衛生環境を悪化させます。電力設備の損傷は、照明や暖房、通信網を停止させ、被災地の孤立を深めます。
こうした被害は過去の災害で何度も繰り返されてきました。自分の地域のインフラがどの程度の耐震構造を備えているか、知っていますか?
このようなことを知っておくことは、非常時の行動判断にとても役立ちます。さらに、被災後のインフラ復旧には時間も費用もかかります。主要橋梁の補修だけでも、構造の安全確認から工事完了まで数か月を要する場合があります。その間、地域経済は制限され、物流コストも上昇します。地震がもたらすこうした二次的・三次的影響は統計データに表れにくく、軽視されがちですが、長期的には人口減少や産業空洞化を招くおそれもあるのです。
過去の地震から見える脆弱性
歴史を振り返ると、地震のたびにインフラの弱点が明らかになってきました。
1995年の阪神淡路大震災では、高架橋の倒壊で都市間の交通が長期間遮断されました。橋脚の耐力不足や落橋防止装置の未設置が被害拡大の要因とされ、その後の耐震構造基準見直しの契機となりました。
2011年の東日本大震災では、液状化によって道路や港湾が沈下し、物流と港湾荷役作業が数週間停滞しました。上下水道の断裂による長期断水も深刻で、配水池や浄水場自体が損傷した地域もありました。
2016年の熊本地震では、幹線道路に架かる複数の橋梁で橋台や支承部が損傷し、一部区間が通行不能に。ここでも耐震構造の有無によって、被害規模に大きな差が生じました。
こうした教訓は、揺れそのものを防ぐことはできなくても、「被害を最小限に抑えるインフラづくり」は可能だと教えてくれます。
耐震構造の基本とその役割
耐震構造とは何か
耐震構造とは、地震の揺れに耐え、建物や橋梁、道路、ライフラインといったインフラを安全に保つための設計・施工の仕組みを指します。ここで重要なのは「倒壊を防ぐ」だけでなく、「機能を維持する」ことです。
災害時に病院や避難所が使えなくなれば、救命や生活再建の妨げになります。
一般的な耐震構造は、構造体の剛性や耐力を高めることで揺れに抵抗します。鉄筋コンクリートや鋼材の強度向上、基礎部分の補強、接合部の強化などがその代表例です。また、壁や柱の配置バランスを整え、建物全体のねじれや傾きを抑える設計も含まれます。
耐震・制震・免震の違い
耐震性能の向上には、目的や手法の異なる3つのアプローチがあります。
- 耐震構造:構造自体の強度を高めて地震の揺れに直接耐える方式。コスト面で比較的導入しやすく、公共・民間のインフラに広く採用されています。
- 制震構造:ダンパーなどの装置で揺れのエネルギーを吸収・減衰させる方式。揺れによる損傷を軽減し、設備や内装の被害も抑えられます。
- 免震構造:建物と地盤の間に免震装置を設置し、揺れそのものを伝えにくくする方式。高価ですが、病院や災害拠点など重要度の高いインフラで採用が増えています。
これらは単独で使われるだけでなく、施設の重要度や立地条件によって組み合わせることもあります。例えば港湾クレーンには制震装置を、橋梁には免震支承を、上下水道施設には耐震補強を施すといった具合です。
耐震構造の進化と最新技術
近年の耐震構造は、単なる強度強化にとどまりません。新素材の採用やAI解析による設計最適化、センサーを用いたリアルタイム監視など、技術革新が進んでいます。高延性鋼材や炭素繊維シートの補強材は、地震の大きな揺れにも破断しにくく、耐久性を高めます。
こうした最新の耐震構造は、過去の被害事例から得られた知見を反映しつつ、持続可能性や環境負荷低減も意識しています。揺れに強く、復旧しやすく、長寿命──これらの条件を満たすインフラが、次世代の安全を支えていくのです。
インフラごとの耐震構造事例
道路・橋梁の耐震化
道路や橋梁は地震による被害が最も目に見えやすいインフラの一つです。
橋脚や橋台のひび割れ、落橋、舗装の大規模な亀裂は交通網を即座に寸断し、被災地の救援活動や物資輸送を妨げます。近年の耐震構造では、落橋防止装置や伸縮継手の改良、高延性鋼材の採用によって、揺れのエネルギーを分散させる設計が進んでいます。
例えば、高速道路の橋梁では、支承部に免震支承を設置し、地震の揺れを橋全体に伝わりにくくする工法が普及しました。また、液状化しやすい地盤では、地盤改良や排水工法を組み合わせることで、路面沈下や側方流動を防ぎます。これらの対策は、災害直後に緊急車両が通行できる状態を維持する上で極めて重要です。
上下水道施設の耐震化
上下水道は人々の生活や衛生環境を支える不可欠なインフラです。地震で配管が破断すれば断水や漏水が発生し、生活機能が一気に低下します。そのため、多くの自治体では、耐震型ダクタイル鋳鉄管や耐震継手を採用し、揺れや地盤変動にも追従できる管路整備を進めています。
浄水場や下水処理場では、主要設備を免震構造の基礎に設置し、重要ポンプや制御盤には制震装置を組み合わせます。さらに非常用発電設備や緊急貯水槽を備え、長時間の停電や断水にも対応できる体制を整えています。東日本大震災後には、広域連携による水の供給ネットワークも強化され、被災地域への給水がより迅速に行えるようになりました。
電力・通信インフラの耐震化
電力と通信は、現代社会のあらゆる活動を支える基盤インフラです。送電鉄塔や変電所の構造部材は、強風や地震の揺れにも耐えられる高強度鋼材で構築され、柱脚部の補強や制震ブレースの設置が進められています。発電所では、ボイラーやタービンなどの大型設備を免震基礎にのせ、揺れによる変形や損傷を抑制します。
通信設備も例外ではなく、データセンターや中継局にはラック固定やケーブル保護のための耐震構造が導入されます。非常用発電機や衛星通信システムの備えにより、地上通信が途絶しても情報の送受信を確保します。特に近年は、5G基地局やIoTセンサー網など、新たな通信インフラが増加しており、それらの耐震性確保は社会全体の安全性に直結します。
最新技術が支える耐震構造の進化
免震・制震技術の高度化
近年の耐震構造は、単なる強度強化にとどまらず、揺れを「逃がす」設計へと進化しています。
免震構造では、建物や重要インフラ施設を地盤から切り離し、ゴムや鉛を用いた免震支承で地震のエネルギーを吸収します。制震構造は、ダンパーと呼ばれる装置で揺れを減らす仕組みです。これらは橋梁や上下水道の施設、変電所やデータセンターなどにも導入され、被害軽減に大きく寄与しています。
特に大規模橋梁では、支承の交換やダンパーの追加設置が進み、既存構造物の耐震性能を後から向上させる事例も増えています。こうした改良工事は、日常的なインフラメンテナンスと一体で進められることが多く、費用対効果の高い対策といえます。
デジタル技術との融合
IoTやAI技術は、地震対策の分野にも広く活用されています。センサーで橋梁や道路のひずみ、上下水道管路の水圧変化、変電所の設備振動などを常時監視し、異常があれば即座に通知するシステムが普及しています。これにより、地震発生直後の被害把握が迅速になり、復旧の優先順位付けや緊急対応が的確に行えます。
また、BIM/CIMなどのデジタル設計技術により、耐震補強計画を事前にシミュレーションし、地震波の特性や地盤条件に合わせた最適な耐震構造を設計できます。
新素材と構造革新
従来の鋼材やコンクリートに代わり、繊維強化プラスチックや高性能繊維補強材がインフラ耐震化に活用され始めています。これらは軽量かつ高強度で、耐腐食性にも優れており、長寿命化とメンテナンス負担の軽減に寄与します。特に海沿いの橋梁や地下構造物では、塩害や湿気に強い素材が地震後の二次劣化を防ぐ効果を発揮します。
さらに、可動式の橋脚や柔軟な舗装構造など、揺れを受け入れる「しなやかな耐震設計」も研究が進んでいます。これは、破壊を防ぐだけでなく、被害を受けても短期間で復旧できるインフラづくりを可能にします。
地域と連携するインフラ耐震化の取り組み
官民協働による耐震化計画
インフラの耐震化は、行政だけではなく民間事業者や地域住民も関わる総合的なプロジェクトです。
国や自治体は、道路・橋梁・上下水道・電力などの重要施設に優先順位をつけ、耐震診断や補強工事の計画を策定します。
一方、民間企業は自社のビルや工場だけでなく、周辺インフラとの接続部分にまで耐震構造の配慮を行います。
近年は、建設業者や設計事務所、インフラ管理会社が共同で耐震補強マニュアルを作成し、地震発生時の復旧手順や連絡体制も事前に整備しています。これにより、復旧のスピードが向上し、被害の長期化を防ぐ効果があります。
地域防災計画との融合
地震に強いインフラをつくるだけでは、被害を完全に防ぐことはできません。
そのため、耐震化と地域防災計画の連携が不可欠です。避難所や物資集積拠点への道路は、優先的に耐震補強を行い、橋梁やトンネルの通行安全性を確保します。また、上下水道施設には非常用水源や仮設配管の準備を行い、停電時にも給水が可能なシステムを整えます。
また、住民への情報提供も重要となります。自治体が定期的に耐震化状況や地震被害リスクを公表することで、住民自身がリスクを把握し、備えを強化できます。これにより、耐震構造は単なる工学的な対策にとどまらず、地域の防災文化の一部となります。
教育と啓発活動
耐震化を進めるためには、意識改革も求められます。学校や地域団体が、地震発生時の行動訓練やインフラの仕組みに関する講座を行うことで、住民の防災リテラシーが向上します。特に子どもたちへの教育は、将来の耐震化意識の定着につながります。
また、耐震補強工事の現場見学会や技術展示会を通じて、地震に備える最新の耐震構造や素材を紹介する取り組みも広がっています。これにより、地域全体で「インフラを守る意識」を共有でき、行政や企業の取り組みに対する理解と協力も得やすくなります。
持続可能なインフラ耐震化の未来
長寿命化とライフサイクルコストの最適化
インフラの耐震化は完成後も数十年にわたり、点検・補修・更新を継続することが重要です。橋梁や上下水道、発電所などの施設は、設計時点で地震の揺れを想定しつつ、劣化の進行に応じて柔軟に対応できる耐震構造を採用することで、全体のライフサイクルコストを抑えることができます。
近年は、IoTセンサーやAI診断技術により、地震後の微細な損傷や構造変化を早期に発見できるようになりました。これにより、大規模な損傷が発生する前に補修を行う予防保全型の維持管理が可能となり、長期的なコスト削減と安全性向上が両立できます。
カーボンニュートラルと両立する耐震化
持続可能性の観点からは、インフラの耐震化も環境負荷を抑える工法や素材選びが求められます。リサイクル可能な鋼材や低炭素コンクリート、再生材を活用した舗装などは、耐震性能と環境性能を両立できます。こうした技術は、地震後の復旧時にも再利用が可能で、廃棄物の削減やCO₂排出量の低減に貢献します。
さらに、再生可能エネルギー施設の耐震化も重要です。太陽光発電所や風力発電設備は災害時の電源確保に直結するため、地震に強い基礎構造や接続部の補強が進められています。
国際協力と技術輸出
日本が培ってきた耐震構造の知見は、世界各地で活用されています。地震多発地域の国々では、日本の橋梁補強技術や上下水道耐震化システムを導入する事例が増加中です。これにより、海外のインフラ強化に貢献するだけでなく、日本企業の技術力が評価され、新たな経済的機会も生まれています。
また、国際的な防災ネットワークを通じて、地震被害のデータや施工ノウハウを共有する動きも活発化しています。こうした協力は、災害リスクの軽減だけでなく、耐震化の標準化やコスト削減にもつながります。
まとめ
地震は避けることのできない自然現象ですが、その被害を最小限に抑える手段は確かに存在します。
その核心にあるのが、強固で柔軟性のある耐震構造と、継続的に維持管理されたインフラです。耐震性を備えた橋や道路、上下水道、発電設備は、災害時の人命と地域の経済活動を守る最後の砦となります。
しかし、耐震化は一度の工事で終わるものではありません。地震後の点検や補修、耐震基準の更新など、長期的な視点での運用が不可欠です。また、行政・企業・地域住民が連携し、防災計画や避難ルートの整備、非常用電源や給水設備の確保といった“運用面”の備えも同時に進める必要があります。
さらに、最新技術の導入も見逃せないポイントです。IoTセンサーによるリアルタイム監視、AIによる損傷予測、環境に配慮した新素材の活用などは、これからの耐震化の質を一段と高めます。こうした技術革新は、国内だけでなく地震多発地域の海外でも活用が進み、国際的な防災ネットワークの強化にもつながります。
耐震構造を備えた安全なインフラを全国に広げることは、単なる防災対策ではなく、未来への投資です。今日の選択が、10年後、50年後の社会の安全と安定を左右します。私たち一人ひとりが耐震化の重要性を理解し、日常生活の中で備えを意識すること。それが、真に地震に強い社会を築くための第一歩となるのです。
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