COLUMN
#土木インフラの仕組み

水道の老朽化がもたらすリスクとは|全国で相次ぐ事故の実態
2025.7.16
ある日突然、道路の真ん中から水が噴き出し、周囲が水浸しになる。そんな水道管破裂のニュースを見かける機会が増えています。住宅地で断水が起きたり、道路が陥没して通行止めになるような事例は、まさに“水道事故”の典型例です。こうした事故の背景には、水道インフラの老朽化という深刻な問題が隠れています。
日本の水道網は、高度経済成長期に整備されたものが多く、今や50年以上経過した設備が全国に広がっています。目に見えない場所で進行する老朽化は、確実に水道の安全と機能をむしばんでおり、放置すれば事故のリスクは高まる一方です。
このコラムでは、老朽化が引き起こす水道事故の実態、なぜ更新が進まないのか、その背景と未来への対策を一緒に考えていきます。

日本の水道インフラの現状とは
インフラ整備の歴史と現在の耐用年数
日本の水道インフラは、戦後復興と高度経済成長の波に乗って急速に整備されました。1950年代から1980年代にかけて、都市部を中心に浄水場や配水池、そして膨大な距離に及ぶ水道管が敷設され、私たちの生活を支える基盤が築かれました。
しかし現在、その多くが築50年以上を経ており、いままさに“老朽化のピーク”を迎えています。たとえば、鋳鉄製の水道管の法定耐用年数は約40年とされており、それを大きく上回る施設が全国に点在している状況です。調査によれば、2024年時点で老朽化が深刻な水道管は全体の約16%にのぼり、年々その割合は増加しています。
老朽化した配管は、わずかな地震や車両振動でも破損する恐れがあり、実際に水道事故は全国で増加傾向にあります。老朽化が招く事故は、単なる配管の損傷にとどまらず、断水、交通障害、浸水被害など多面的な影響を及ぼします。しかも、水道の事故は予測が難しく、復旧にも時間と費用がかかるため、日常生活や地域経済へのダメージは非常に大きいのです。
見えにくいインフラの“老朽化”という問題
水道設備の最大の弱点は、「目に見えない場所で静かに老朽化が進行すること」です。地中に埋設された配管は、外見から状態を判断するのが難しく、異常が顕在化した時にはすでに深刻な損傷が発生しているケースが多くあります。
特に老朽化が進んだ配管では、内部の腐食や劣化が静かに進行しており、それが突然の事故となって現れます。「数十年前の資材が、現在も第一線で使われている」という事実が、いかに危ういかは想像に難くありません。こうした老朽化による事故は、突発的に発生するため、周囲への影響も大きく、復旧作業にも時間と人員を要します。
住民からすると「急に断水した」「道路が陥没した」と思える出来事も、実際には長年蓄積された老朽化の結果として起きているのです。つまり、水道事故は“突然の不運”ではなく、“避けられたかもしれない事故”である場合も多いのです。
老朽化が引き起こす主なリスク
破裂・漏水事故による断水被害
水道インフラの老朽化が進むと、最も顕著に表れるのが破裂や漏水といった事故です。劣化した水道管はわずかな圧力変化にも耐えられなくなり、ある日突然破裂することがあります。住宅地で噴き出す水、冠水した道路、復旧作業に追われる作業員の姿は、ニュースでたびたび目にするようになりました。
こうした事故が起こると、その地域一帯が断水に見舞われ、日常生活に大きな影響を及ぼします。水が使えなくなるだけでなく、調理・洗濯・トイレといった基本的な生活行動すら制限されます。特に病院や介護施設などでは、水の供給が止まることで、医療行為やケアの継続が難しくなり、命に関わる事態へと発展することもあるのです。
老朽化によって事故の頻度と被害規模はともに拡大しており、自治体にとっても重大な課題となっています。中には、破損した配管からの漏水が道路の地盤を緩ませ、二次的な事故――つまり陥没や交通事故――を引き起こすケースもあります。これは単なる水道の問題ではなく、「インフラ全体の信頼性」に関わる深刻なリスクです。
水質悪化と健康被害のリスク
もうひとつの見過ごせないリスクが、水道水の水質悪化です。水道管が老朽化すると、内部のサビやスケール(堆積物)が剥がれやすくなり、それが水に混じって蛇口から出てくることがあります。ときには水が茶色く濁ったり、金属臭がしたりすることもありますが、これは典型的な“老朽化のサイン”です。
普段は無色透明な水が急に異常を示したとき、利用者は「一時的なものだろう」と見過ごしてしまいがちです。しかし、老朽化が進行した配管は、細菌の温床になりやすく、慢性的な水質劣化を引き起こす可能性があります。とりわけ高齢者や乳幼児など、免疫力の低い人々にとっては健康被害につながるおそれも否定できません。
実際、過去には腐食した配管が原因で細菌が繁殖し、飲用に適さないレベルにまで水質が低下したケースも報告されています。事故として表面化する前に、兆候を読み取って対策を講じることが重要ですが、それが難しいのが“水道の老朽化”の厄介なところでもあります。
修繕費用の急増と自治体財政の圧迫
水道設備の老朽化が進めば進むほど、修繕や更新にかかる費用は雪だるま式に膨らんでいきます。特に地方の自治体では、人口減少に伴う水道料金収入の減少という構造的課題もあり、必要な予算が確保できないまま老朽化が放置されている現場が少なくありません。
結果として、事故が発生してからの“事後対応”が常態化し、突発的な工事が繰り返されることで、より多くのコストと人手が必要になります。計画的な更新ができていれば避けられたはずの事故に、莫大な予算を割かざるを得ないという矛盾が生まれているのです。
さらに、事故対応には夜間・休日を問わず緊急出動が求められ、人材面でも大きな負担となります。つまり、老朽化による事故は、物理的なインフラ被害だけでなく、自治体の財政・人的資源の疲弊という“見えない損失”を生み出しているのです。
実際に起きた全国の水道事故
東京都など都市部で相次ぐ水道事故
日本の大都市でも、水道インフラの老朽化による事故は深刻化しています。
たとえば東京都内では、幹線道路沿いの配管が突然破裂し、車道が冠水したり、バス停が使用できなくなったりといった事例が報告されています。周辺地域では一時的な断水が発生し、住宅や商業施設に大きな影響が出たケースもあります。
都市部の水道管の多くは、高度経済成長期に敷設されたものであり、築50年以上経過している管路も少なくありません。しかも、人口密集地では一度の事故で影響範囲が広がりやすく、対応にも多大な労力と時間を要します。地下に複数のライフラインが集約されている都市では、水道事故が他の設備や交通に波及しやすいという構造的な問題も抱えています。こうした都市型の事故は、「水道の安定供給が当然」と思われがちな地域においてこそ、その脆弱性を浮き彫りにしています。
九州など地方圏では復旧の遅れが課題に
一方で、九州地方をはじめとする地方都市や中山間地域では、事故発生時の“復旧の遅れ”が深刻な問題となっています。送水管の破裂により広範囲で断水が発生し、給水所の設置や応急復旧作業が追いつかず、住民の生活に長期間の支障をきたす事例も報告されています。
特に高齢化率の高い地域では、給水所まで移動できない住民が出たり、体調を崩す高齢者もいたとされています。なかには、断水が数日に及び、日常生活がままならなくなる家庭もありました。地方では水道事業の職員数も限られており、事故が発生した際にすぐに現場を特定し、復旧に着手するまでに時間がかかる傾向があります。
また、管路の更新率が都市部よりも低く、複数の設備が同時に老朽化していることも、事故の規模や復旧の難しさに拍車をかけています。応急措置で対応したとしても、根本的な更新が先送りされれば、将来的な再発リスクは避けられません。
水道事故は“予測可能な災害”である
一見すると、水道事故は突然起こる不可抗力のようにも見えますが、実際には老朽化という“予測できる原因”に基づいたトラブルです。過去に小規模な漏水が確認されていた箇所で、大規模な破裂事故が起きるといった事例もあります。こうした初期の兆候は、しばしば「まだ大丈夫」と判断され、対応が先送りにされてしまいます。
しかし、水道管の老朽化は止まることなく進行し、ある日限界を迎えて事故に至ります。それは、事前に十分な点検と更新がなされていれば防げたかもしれない「避けられた事故」なのです。水道事故は自然災害とは異なり、備えることで回避できるものです。だからこそ今、全国各地で起きている事例から学び、次の一手を考える必要があります。
なぜ更新が進まないのか?
財源不足と人材不足の二重苦
水道事故の背景には、目に見えるインフラの老朽化だけでなく、それを支える“体制の老朽化”も存在します。多くの自治体では、更新計画を立てるための調査さえ予算が取れず、老朽化の進行状況を把握しきれていないのが現実です。
たとえば、ある中核市では老朽化率が40%を超える水道管が存在するにもかかわらず、予算上の都合で年間の更新率はわずか0.3%。このペースでは全ての配管を更新するのに300年以上かかる計算になります。更新が追いつかないのは明白であり、事故は「いつか」ではなく「いつでも」起こりうる状況です。
さらに深刻なのは、技術者の高齢化と人材不足です。水道インフラの維持管理には、専門的な知識と現場経験が不可欠ですが、熟練の技術者の多くが退職期を迎えており、若手の確保も困難になっています。こうした人材の“継承の空白”は、老朽化した設備の異常を見抜く目が減るという意味でも、事故の予兆を見逃すリスクを高めています。
法制度と維持管理体制の課題
現在の水道事業は、各自治体が個別に運営しているケースが多く、地域間の対応格差が拡大しています。財政力のある都市はある程度の更新が可能ですが、小規模自治体では、老朽化の実態を把握する調査すら行えないという声もあります。
また、日本では長年「事故が起きてから直す」文化が根強く残っており、いまだに“予防保全”ではなく“事後修繕”が主流です。これは予算や人手が限られているからこその選択ともいえますが、その代償は非常に大きいです。老朽化による事故は一度起きると、単なるインフラ損傷では済まされず、信頼の喪失や行政批判につながるからです。
近年では、国が主導する「広域化・共同化」の取り組みが少しずつ進められており、複数自治体が協力して水道事業を運営する例も出てきました。とはいえ、地域の事情や住民感情の壁は高く、全国的に見ればまだ道半ばと言えるでしょう。
水道事故を防ぐための新たな取り組み
AIやセンサーを活用したモニタリング技術
老朽化による水道事故を未然に防ぐため、全国の自治体や企業ではさまざまな技術開発が進んでいます。その中でも近年注目されているのが、AIやIoT、センサーを活用した配管のモニタリングです。これまで目視や経験に頼ってきた点検業務を、デジタル技術によって効率化・高度化する試みが進んでいます。
たとえば、配水管に設置されたセンサーが微細な振動や音を検知し、水道管内部の異常や漏水の兆候を早期に捉えるシステムがあります。これにより、「壊れてから直す」のではなく、「壊れる前に気づく」ことが可能になり、水道事故の予防が大きく前進しました。AIが過去の事故データを解析し、老朽化が進んでいるエリアを予測する技術も一部で導入されています。
民間企業や地域住民との連携
水道インフラを守る取り組みは、自治体や専門業者だけでは限界があります。そこで注目されているのが、民間企業や地域住民との協働による維持管理のモデルです。たとえば、一部の自治体ではPFI(民間資金活用による公共事業)方式を採用し、民間の技術力や資本を活かして水道設備の更新や保守を効率的に行っています。
また、住民が日常的に水の異常や水道設備の劣化に気づいた際に、すぐに通報できる体制を整えるなど、地域全体で“インフラを見守る”仕組みも広がりつつあります。事故を減らすには、単に施設を更新するだけでなく、水道を支える「人と仕組み」も再構築することが求められています。
持続可能な水道インフラに向けて
計画的な更新とライフサイクルコスト管理
水道設備は、一度つくれば終わりではなく、長期的に維持し、必要に応じて更新していくことが重要です。そのためには、単年度の予算にとらわれず、ライフサイクル全体の視点でコストを管理する「ライフサイクルコスト(LCC)」の考え方が欠かせません。
老朽化の進行を事前に予測し、事故が起きる前に必要な修繕を行うことで、結果的に総コストを抑え、住民の安全も守ることができます。最近では、配管や設備のデータを一元管理し、計画的な更新を可能にする「アセットマネジメント」の導入が進んでおり、水道インフラの持続可能性を高める手法として注目されています。
公共だけに頼らないインフラ維持の新たな形
これからの時代、水道インフラの維持管理をすべて自治体だけに任せるのは現実的ではありません。人口減少や高齢化が進む中、地域全体で支える新たな仕組みが必要とされています。
例えば、水道料金の見直しによって適正なコストを確保する動きや、水道事業へのクラウドファンディングを導入し、住民参加型の更新プロジェクトを行う例も出てきました。水道の老朽化は“見えにくいリスク”ですが、その先に起こる事故は非常に現実的です。だからこそ、一人ひとりが「水道は使うだけのものではなく、守るべきインフラでもある」という意識を持つことが求められています。
まとめ
水道は、私たちの暮らしに欠かせないインフラです。しかし、その重要性にもかかわらず、地中に埋設された配管の多くは、日常生活の中で意識されることがほとんどありません。その結果、老朽化の進行が見過ごされ、水道事故というかたちで初めて深刻さに気づくことが多いのが現実です。
本コラムでは、水道の老朽化がもたらすリスクと実際の事故例、そして更新が進まない背景をさまざまな視点から見てきました。事故は単なるインフラの劣化によるトラブルではなく、生活・経済・福祉のあらゆる分野に波及する“社会全体の課題”です。
だからこそ、技術の導入だけでなく、計画的な更新や住民参加型の維持管理が今後ますます重要になります。水道の安全と持続性を守るには、行政・企業・市民がそれぞれの立場で関心を持ち、行動に移すことが求められています。
水道の老朽化を「誰かの問題」とせず、「自分ごと」として捉えることが、事故のない安心な社会への第一歩になるはずです。
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