COLUMN
#土木の未来を考える

建設業の高齢化が進む今、土木人材の技能継承がカギを握る理由
2025.6.24
日本の建設業界では、深刻な高齢化が進行しています。現場の第一線で長年活躍してきた技術者たちが次々と引退を迎えるなか、若手人材の育成が追いつかず、蓄積された技術や知恵が失われつつあります。この状況が、インフラ整備や災害対応といった社会基盤を支える業務にも影を落とし始めています。
いま、業界全体が直面している最大の課題は「技能継承」です。単なる作業手順ではなく、“現場で生きる知恵”をどう次世代に伝えるか。その答えを探ることは、未来の建設業を守ることと同義です。
本コラムでは、建設業の高齢化と技能継承の現状、課題、そしてその解決に向けた具体的な取り組みについて多角的に掘り下げていきます。

進む建設業の高齢化 ー 数字が語る現場の実態
建設業界の年齢構成が示す“静かな危機”
いま、建設業が直面している最も深刻な問題の一つが高齢化です。厚生労働省の調査によると、建設業従事者の平均年齢は約50歳を超え、55歳以上の割合は全体の3割を優に超えています。対照的に、29歳以下の若年層は1割に満たない水準で推移しており、労働人口の偏りが年々深刻化しています。
この傾向は都市部だけでなく、地方の土木現場やインフラ維持管理分野にも顕著に現れており、「ベテランがいなくなったら現場が止まる」という声も少なくありません。特に中山間地域などでは若年層の流出が著しく、地域のインフラ整備を担う体制そのものが崩れかけているケースも見られます。まさに“人がいてこそ成り立つ”建設業において、この高齢化は、建設業における技能継承と人材確保の両面で深刻な足かせとなっています。
こうした高齢化の進行に対応するためには、早急な技能継承体制の整備が求められています。
技能継承が追いつかない、現場の焦り
現場では今、技術や知識の「技能継承」が思うように進んでいないという課題が浮き彫りになっています。なぜなら、熟練技術者たちが持つ技能の多くは、長年の現場経験を通じて体得してきた“感覚的なノウハウ”であり、単純なマニュアルや教科書では伝えられないからです。
若手が入っても、十分な経験を積む前に現場を離れてしまうケースも多く、「教える人が減っているのに、学ぶ人も定着しない」という悪循環が生まれています。このままでは、災害復旧や老朽化したインフラの補修など、高度な対応を求められる作業に必要な技能継承が困難になってしまいます。
近年では、一部の企業が技能伝承に特化した教育プログラムを整備し始めていますが、業界全体としては依然として標準化されておらず、個々の現場に委ねられているのが実情です。建設業の安全性や品質を支えるのは、まさにこの“人の技術”です。それが受け継がれなければ、社会インフラの根幹が揺らぎかねません。
若手人材が定着しない構造的な理由
そもそも、なぜ若者が建設業に定着しないのでしょうか。
理由は一つではありませんが、「長時間労働」「休日の少なさ」「体力的な負担」など、いわゆる“3K”のイメージが根強く残っていることが大きな要因です。また、明確なキャリアパスが見えにくいことや、ICTなどの新技術導入が遅れているという印象も、若者にとっては魅力を感じにくいポイントになっています。
さらに、教える側の高齢化が進んでいるため、教育の質や継続性にバラツキが生まれやすくなっています。「若手を育てたいけれど、自分の仕事で精一杯」「自分が辞めたら誰が教えるのか」という声も現場では少なくありません。こうした構造的な背景が、技能継承の障壁となっているのです。
土木現場における技能継承の重要性
現在の建設業では、技能の継承と同時に高齢化への適応が不可欠な課題となっています。
技術と感覚が融合する“現場力”とは何か
建設業、特に土木の現場では、「図面通りにつくる」だけでは済まされない難しさがあります。
地盤や気象条件、作業環境などの“現場ごとの違い”に応じて、臨機応変な判断が求められます。その判断力は、実地経験に裏打ちされた“感覚”によって支えられており、まさに技能継承の核心部分と言えます。
たとえば、型枠の立て方やコンクリートの締固め具合、重機の微調整など、どれも教科書では学びきれない“コツ”のようなものがあります。こうした“生きた知識”は、熟練技術者が持つ最大の財産です。しかし現在、それを引き継ぐべき若手人材が不足しており、高齢化によってその技術が失われつつあることが深刻な問題となっています。
この「現場力」は、災害時など突発的なトラブル対応にも大きな力を発揮します。
例えば、過去の台風や地震の復旧工事では、ベテラン技術者が過去の経験を活かして迅速な判断を行い、被害の拡大を防いだ例も多くあります。こうした即応性は、単なる知識や資格では補えない“人の力”であり、まさに建設業における技能継承によってしか守れない価値なのです。
技能が伝わらなければ、安全も品質も確保できない
技能の伝承は、単なる技術の継続にとどまりません。建設業における技能継承は、安全管理や品質保証とも密接に関わっています。
たとえば、足場の組立や重機操作は、少しのミスが重大事故につながる可能性があります。これらのリスクを最小限に抑えるためには、現場特有の判断力や危険予知能力が不可欠であり、それこそが熟練者から学ぶべき最重要スキルです。
一方、若手や未経験者が増える現場では、安全や品質に関する意識や知識のバラつきが目立ち始めています。そこに教える側の高齢化が重なれば、技術と意識の断絶が進み、事故や施工不良のリスクが高まってしまうのです。
近年は、建設現場における重大災害の背景として「ヒューマンエラー」が指摘されるケースも増えており、単なる安全教育では補えない“経験に裏付けられた判断”の重要性が再認識されています。安全で高品質な構造物を作るためには、技能継承を中心とした“人づくり”が欠かせません。
技能継承は建設業の社会的責任でもある
日本はこれから、全国的に老朽インフラの更新時期を迎えます。橋梁、トンネル、堤防、上下水道――これらを再生・維持していくには、高度な施工技術と判断力を備えた人材が不可欠です。しかし、技術者の多くが60代に達しようとする今、そのリソースが危機的状況にあることは否定できません。
このままでは、災害時の迅速な対応やインフラ補修すら滞る可能性があり、それは国民の暮らしの安全に直結する重大なリスクです。だからこそ、技能継承は企業や現場の課題にとどまらず、建設業界全体、さらには社会全体が向き合うべきテーマなのです。
高齢化によって生じる技術の空白を埋めるためには、単に若手を採用するだけでなく、体系的に「教える仕組み」を構築しなければなりません。技能は“持っているだけ”では意味がありません。それを“次に伝える”ことで、ようやく産業と社会の未来につながっていくのです。
技能継承が進まない3つの壁
建設業の現場では、高齢化とともに技能の空洞化が顕在化しており、技能継承の遅れが業界全体の成長を妨げています。
壁①:言語化しづらい“感覚”の技術
建設業における技能継承で最初に直面するのは、「教えることの難しさ」です。現場の作業には、熟練者の経験に基づいた“感覚的な判断”が多く含まれています。たとえば、掘削時の地盤の手応え、型枠の微調整、機械音から感じ取る異常など、長年の蓄積から生まれる技術は一言で説明できるものではありません。
こうした技術は暗黙知(アンタッチャブル・ナレッジ)とも呼ばれ、テキスト化・マニュアル化が困難です。そのため、若手に伝える際は実地での訓練が不可欠ですが、時間も人も不足している今、伝承のチャンスすら失われがちです。結果として、技能継承は「わかっていても進まない」という矛盾を抱えることになります。こうした“教えにくさ”が蓄積されることで、技能継承の断絶がさらに加速しています。
壁②:教える側の高齢化と時間不足
高齢化は、教わる側だけでなく「教える側」にも大きな影響を及ぼしています。多くの熟練技術者が60代に差しかかり、引退までのカウントダウンが始まっています。「あと数年で現場を離れる」という状況では、教えるためのエネルギーやモチベーションを保つこと自体が困難です。
加えて、現場の工程は常にタイトで、人手不足の影響も大きく、ベテランも日々の作業に追われがちです。そのため、若手への教育時間を十分に確保できず、「教えたくても教えられない」状況が発生しています。
このように、建設業全体が抱える高齢化という構造的な問題が、技能継承の機会そのものを狭めているのです。
壁③:仕組み不足と属人化の限界
多くの企業や現場では、未だにOJT(On the Job Training)に依存した人材育成が中心です。OJT自体は悪いものではありませんが、個々の技術者の能力や姿勢に大きく左右される「属人化」のリスクを抱えています。「あの人のもとで学べた人は伸びるが、別の現場では…」というばらつきが生じるのです。
加えて、技能を体系的に整理・記録する仕組みが整っていない企業も多く、技術が個人の中で“留まったまま”になってしまうケースが少なくありません。デジタル教材や映像記録の導入、教育専任者の配置など、技能継承を「現場任せ」にしない体制が必要とされています。 この“仕組みの壁”を乗り越えなければ、いくら若手を採用しても、技術は引き継がれず、結果として業界全体が疲弊していくのです。建設業が持続可能であるためには、仕組みとしての技能教育・訓練体制の確立が急務です。
このような仕組みの欠如は、建設業が直面する高齢化と人材流出の悪循環を助長する要因とも言えます。
建設業界の取り組み事例に学ぶ技能継承戦略
デジタル技術を活用した「見える化」継承
近年、多くの建設業企業が「技能の見える化」に取り組んでいます。従来、熟練者の経験や勘に頼っていた作業を、動画・写真・3Dモデルなどのデジタルツールで記録・共有し、教育コンテンツとして若手に提供する試みが広がっています。
たとえば、VRを用いた仮想体験型の研修では、安全な環境で危険作業や施工手順を疑似体験でき、従来のOJTでは伝えづらかった“現場感覚”を補完することができます。また、ドローンやウェアラブルカメラで記録したベテランの作業映像は、実際のノウハウをそのまま映像教材として活用可能です。
このように、「言語化しづらい技術」を技能継承する手段として、ITの活用はますます重要になっています。特に高齢化により直接の指導者が減っていく中、デジタルアーカイブは未来への“技術の橋渡し”となるのです。
制度化による建設業の技能継承体制づくり
一部の企業では、「技能マイスター制度」を導入し、優れた技術者を社内で認定・表彰し、その人を中心に技能継承の体制を整えています。マイスターには若手への指導役を担ってもらい、日常的な教育や技術相談を通じて、知識の蓄積と共有が進んでいます。これにより、高齢化が進む現場でも技能の蓄積と伝達が円滑に行われる仕組みが形成されています。
また、国や自治体による支援制度も徐々に整いつつあります。公共工事に携わる中小企業でも、教育コストや人材確保に関する補助が受けられる取り組みが広がり、地域ごとに「技能伝承ネットワーク」の構築が始まっています。
こうした“制度化”は、属人化しやすい建設業の教育体制にとって極めて重要です。個人の善意や努力に頼るのではなく、「会社として教える」「業界として残す」という体制が求められています。
多様な人材が育ちやすい職場づくり
もう一つ注目すべきは、「多様な人材が継承の担い手になる環境づくり」です。かつては男性中心だった建設業ですが、今では女性技術者や外国人技能実習生、高齢者の再雇用者など、多様な層が現場に関わるようになっています。
こうした人材が安心して働き、学び続けられるよう、教育の多言語化や力仕事への補助機械導入、柔軟な勤務体制の導入などが進んでいます。とくに再雇用された高齢のベテランが「育成指導専門員」として若手を支える事例は、高齢化を逆手にとった好例といえるでしょう。
“継承する側”の世代が多様になれば、技能の残し方も多様になり、より柔軟な知識伝達が可能になります。これは、技能継承が単なる「引き継ぎ作業」ではなく、「人材開発戦略」へと進化している証拠でもあります。
制度・教育・現場が連携しながら、建設業全体で持続可能な技能継承モデルを確立する必要があります。
持続可能な建設業の未来をつくるには
今後の建設業における最大の課題の一つは、高齢化と共存しながら技能を確実に継承する体制を築くことです。
技能継承と高齢化対策は「一体」で考えるべき
建設業が直面する高齢化と技能継承の問題は、切り離して考えることはできません。高齢技術者の大量引退は避けられず、若手への技術移転を進めるだけでは不十分です。重要なのは、「継承する前提」を整えること。つまり、高齢化が進む中でも、経験豊かな人材が指導に集中できる環境づくりが必要不可欠です。
たとえば、定年後の再雇用制度を整備し、育成担当としての役割を与えることで、「働き続けながら教える」モデルが実現します。また、技能マイスター制度を活用して指導に特化したポジションを設ければ、本人のやりがいや社会的意義も確保できます。技能継承の成功とは、単に“若手が育つ”ことではありません。“ベテランが安心して伝えられる”環境を用意することこそが、持続可能な建設業の基盤を形成するのです。
若手が成長できる“文化”を育てる
現場での技能教育は、制度やツールだけでは機能しません。「人が人を育てる」という文化が根付いてこそ、技能継承は本物になります。そのためには、若手が質問しやすい雰囲気、失敗を許容する環境、そして努力を正当に評価する仕組みが不可欠です。
現代の若者は、“自分が社会にどう貢献できるか”という価値観を重視します。だからこそ、インフラ整備や防災対応といった建設業の公共性を丁寧に伝え、「この仕事は人の暮らしを支えている」という誇りを持たせることが重要です。
また、育成を担う中堅層への支援も必要です。「教え方」を体系的に学べる場を設けたり、教育に関わる人材を評価・昇進対象とすることで、指導意欲の向上と継続性が確保できます。
人づくりが建設業の未来をつくる
社会のインフラは、一度作れば終わりではありません。日々の維持管理、災害時の復旧、数十年後の再生――それらを支えるのは、常に「人の力」です。だからこそ、建設業にとっての未来投資は、技術でも設備でもなく「人づくり」であるべきです。“人づくり”とは、単に労働力を補うだけではなく、技能継承を前提とした構造的な育成戦略を含むものです。
高齢化を脅威として捉えるのではなく、世代交代と技術継承の好機と捉えなおす視点が求められます。そのためには、経営層、現場、業界、行政が一体となって、若手育成と技能継承を「経営課題」から「社会的責任」へと引きげていくことが必要です。
持続可能な建設業とは、技術が残る産業ではなく、「技術を残す人を育てる産業」です。その一歩を、いま踏み出すことが求められています。
まとめ
建設業は今、深刻な高齢化の波に直面しています。熟練技術者の引退が相次ぎ、これまで現場を支えてきた知識や経験が、次々と失われようとしています。こうした状況下で最も重要なのが、「技能継承」という視点です。
技術とは、単に道具や手順を伝えるものではありません。それは“判断”であり、“勘”であり、“人の命を守る力”でもあります。その力を、どう次の世代へ託していくか――この問いに真剣に向き合うことこそが、持続可能な建設業の第一歩です。
本コラムでご紹介したように、制度化やICT活用、多様な人材育成といった具体的な取り組みは着実に進んでいます。しかし、それらを活かすためには「人が人を育てる文化」の再構築が欠かせません。
技能継承とは、過去の蓄積を未来へ手渡す行為です。私たち一人ひとりの意思と行動が、この国の“技術の土台”を次の世代へとつないでいくのです。
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