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#土木の未来を考える

土木人材が足りない今、インフラ老朽化にどう立ち向かう?建設業の課題を考える

土木人材が足りない今、インフラ老朽化にどう立ち向かう?建設業の課題を考える

いま、日本の建設業が大きな転換期を迎えています。

かつて高度経済成長期に整備された多くのインフラが、次々と老朽化の波にさらされており、その維持・更新が急務です。しかし、現場では深刻な人材不足が続いています。ベテラン技術者の引退が進む一方で、若い世代の入職は増えず、現場の最前線は今やギリギリの状態です。こうしたなかで、どのように社会の基盤を守り続けていけるのでしょうか。

本コラムでは、建設業が抱える現実の課題を掘り下げながら、インフラ老朽化への対策建設業の未来につながる具体的な対応策を多角的に考察していきます。

能力開発校

見えないところで進行する“インフラ老朽化”の現実

表面化するインフラの老朽化

日本各地に張り巡らされた橋梁、トンネル、上下水道、道路などのインフラは、私たちの生活を支える土台そのものです。ところが、これらの多くは、建設から50年を超える施設です。表面的には問題がないように見えても、内部では腐食や劣化が進んでいるケースも少なくありません。

こうした老朽化の進行は、決して遠い将来の話ではなく、すでに社会の安全を脅かすリスク・課題として現実化しつつあります。近年も、橋の一部が崩落したり、水道管が破裂して一帯が断水したりといったニュースが報じられました。老朽化したインフラの維持管理が追いつかない状態は、国民の安心・安全を直撃する問題なのです

老朽化インフラの見逃せない社会リスク

インフラ老朽化は、単に設備の耐久性が落ちるというだけではありません。たとえば道路や橋の破損は物流を滞らせ、企業活動に影響を与えます。上下水道の破損は衛生面や住環境にも重大な影響を与えるほか、高額な緊急対応費用が必要になる場合もあります。つまり、見過ごされたインフラの劣化は社会全体に連鎖的なダメージを与える課題なのです。

それにもかかわらず、多くの自治体では限られた予算や人員で老朽化したインフラを管理せざるを得ない状況が続いています。建設から数十年が経過した施設は点検や補修が不可欠ですが、そのすべてを即座にカバーすることは困難です。自治体によってはインフラの“選別”や“縮小”を検討せざるを得ない場面も増えています。

 地方と都市で異なるインフラ課題

日本全体でインフラ老朽化が進むなかで、その影響の現れ方には地域差があります。たとえば都市部では、人口集中により交通量や水道使用量が多く、設備の劣化スピードも早い傾向があります。一方で、地方では人口減少や税収減によって、建設業の担い手がいないという別の問題が顕在化しています。

特に地方の小規模自治体では、インフラ点検や補修を担う企業そのものが減少しています。このような背景には、地域における建設業の弱体化という構造的な課題が横たわっています。つまり、老朽化という物理的な問題だけでなく、それに対処する人・企業の不足という「人材インフラ」の老朽化も進んでいるのです

このように、私たちの暮らしを支えるインフラは、見えないところで確実に老いてきています。

土木人材不足が建設業に与える深刻な影響

技術継承の断絶と若手不足

かつては多くの職人や技術者が活躍していた建設業の現場。しかし、現在の建設業界では、高齢化が進み、若年層の入職者は大幅に減少しています。特に土木分野では、定年を迎えたベテラン技術者の退職が相次ぎ、技術の継承が滞るという深刻な課題が顕在化しています。

老朽化が進むインフラを守るには、経験豊かな技術者の存在が不可欠です。実際、現場での判断力や危険察知力は、紙のマニュアルでは代替できません。今、その知見が受け継がれないまま消えつつあるという、未来に直結する建設業課題が浮き彫りになっています。これは単に人手不足という問題ではなく、社会基盤全体の機能不全につながるリスクでもあります。

現場の高齢化と担い手の限界

現在、建設業に従事する作業員のうち、およそ3人に1人が55歳以上といわれており、建設業の現場の高齢化が進行しています。一方で、29歳以下の若手の割合は全体の10%以下にとどまり、建設業界の年齢構成は大きく歪んでいます。

こうした人材構成のアンバランスは、老朽化したインフラの維持管理において深刻な支障をもたらしています。現場では、時間や資材以上に「作業できる人」が限られており、必要な補修が後回しになる課題が生じています。老朽化が進む施設を、老朽化した組織体制で支えている――そんな本末転倒な状況に陥っているのです。

インフラ維持における“知識の空白地帯”

建設業界人材が不足するということは、単に人数が足りないというだけではありません。そこには、「やり方がわからない」「判断できる人がいない」という知識の空白が生まれます。特に老朽化したトンネルや橋梁は構造が複雑で、設計思想も現在と大きく異なるため、正しく点検・補修を行うには専門的な知識が求められます

しかし、こうした知識を持つ人材が減っている今、補修そのものが滞るという課題が多くの自治体や企業で顕在化しています。技術はあっても、それを運用できる人がいない。これは技術的な課題であると同時に、人材政策の失敗でもあります。

このように、建設業における人材不足は、単なる雇用問題ではなく、老朽化する社会基盤全体の持続性を左右する構造的な課題なのです

そもそもなぜ土木人材が集まらないのか?

建設業のイメージギャップ

「きつい・汚い・危険」かつてから建設業にはこうした3Kのイメージがつきまとってきました。実際には、技術の進歩により現場の安全性や作業環境は年々改善されているにもかかわらず、世間一般の認識はなかなか変わっていません。この建設業へのイメージギャップこそが、若者の就職先としての選択肢から建設業が外れてしまう大きな要因となっています

さらに、老朽化が進むインフラを守る仕事であるにもかかわらず、その意義が伝わっていないという課題もあります。土木建設業の世界は「つくる」だけでなく「守る」ことにこそ価値がある時代に突入していますが、その価値が正しく認識されていないのです。結果として、「なんとなく大変そう」「将来性が見えない」といった漠然とした不安が、入職をためらわせているのが実情であり、課題です。

離職率と働き方の課題

若手が現場に入っても、数年以内に離職してしまうケースが多いのも課題のひとつです。その背景には、長時間労働、不規則な勤務、休日の少なさといった「働きにくさ」があります。こうした現実は老朽化した建設業界の名残でもあり、今なお改革が進みにくいという構造的課題を抱えています。

このような状況では、将来的にインフラを維持する人材が集まるはずもありません。働き方の見直しは、単なる待遇改善だけでなく、建設業界の信頼回復や若者の期待に応えるという意味でも、極めて重要な課題です

教育・訓練機会の少なさ

人材確保において見落とされがちなのが「育成」の視点です建設業は実地での経験が非常に重要であり、未経験者がすぐに一人前になるのは困難です。しかし、建設業の現場には新人を育てる余裕がなく、体系的な研修制度が整っていない企業も少なくありません。

さらに、老朽化した設備やインフラを維持・修復するためには、高度な専門知識が求められます。にもかかわらず、その知識を学ぶ機会も限られており、教育の場においても現場実態との乖離が見られるという課題があります。小中高、さらには専門学校や大学において、インフラの重要性や建設業の役割を伝える機会を増やすことが、未来の担い手を育てる第一歩となるはずです

老朽化する社会基盤を守るには、まず“”をどう確保し、どう育てていくか。その問いに答えることが、この国の将来を支える最大の課題の一つであると言えるでしょう。

迫りくる危機にどう対応する?建設業の新たな挑戦

国や自治体による老朽化したインフラ対策の動き

老朽化したインフラへの対応をどう進めていくか――それは今や、自治体ごとの判断に任せられるものではなく、国全体の優先課題です。たとえば国土交通省は「インフラ長寿命化基本計画」を掲げ、構造物の定期点検と修繕を徹底し、老朽化したインフラの延命を図ろうとしています。こうした取り組みは、老朽化に対する「場当たり的対応」からの脱却を意味します。

とはいえ、点検頻度や更新率などの数値目標があっても、実際に現場を動かすのは人と企業です。そのリソースが不足している今、政策だけでは埋めきれないギャップが存在します。この構造的な課題をどう乗り越えるかは、政策の成否を左右する大きなポイントです。

中小建設業の生き残り戦略

全国の建設業の約9割は中小企業で構成されています。人材・資金・機材の面で大手に比べて制約の大きい彼らにとって、老朽化が進む構造物への対応はまさに二重のプレッシャーです。一方で、更新需要があるからこそ、地域に根ざした企業には活躍の余地があります。

こうした中小企業が直面するのは、単に人が足りないというだけでなく、「次の担い手が育たない」「ICT導入が進まない」といった成長機会の停滞という課題です。このような課題をクリアするために、若手育成プログラムの導入や、他社との連携による共同受注体制など、柔軟な取り組みを模索する企業が増えています

発注方式・契約制度の見直しと課題

老朽化対策を効率的に進めるためには、工事そのものだけでなく、それを支える発注制度にも大きな見直しが必要です。従来の「価格優先」の入札方式は、低価格競争を助長し、長期的な品質維持には向いていないという課題がありました。これを改善すべく、総合評価方式や地域限定型契約などが導入され始めています。

ただし、こうした制度の改革も万能ではありません。制度は整っても、それを使いこなすスキルが現場に欠けていたり、制度自体が複雑で運用に手間取るといった実務的な課題も発生しています。発注側・受注側の双方が同じ方向を向き、老朽化に立ち向かえる体制を構築できるかどうかが、今後の成否を分けるカギとなるでしょう。

老朽化という現象は避けられなくても、それにどう対応するかは選べます。建設業が生き残るには、今ある制度や仕組みの中に潜む課題を冷静に分析し、一歩ずつでも前進していく姿勢が求められています。

テクノロジーで補う人材不足とインフラ維持

ICT・AI・ロボティクスの活用で何が変わるか

進行する老朽化と慢性的な人材不足。これらの複合的な課題に対して、今、建設業の現場ではテクノロジーの導入が進められています。特にドローン3Dスキャナーによる構造物の点検、AIを活用した劣化診断、そしてロボットによる施工補助は、これまで手作業に頼っていた工程に大きな変革をもたらしています。

こうした技術は、特に老朽化の進んだ構造物に対して安全かつ効率的に作業できる手段として期待されています。高所や狭所といった危険な作業環境を、人が直接確認しなくてもよくなることは、安全性の向上と作業者の負担軽減という2つの課題を同時に解決するアプローチです。

点検・診断の自動化とスマートメンテナンス

もうひとつの注目すべき進展は、センサーIoTを用いたインフラの常時モニタリングです。これにより、老朽化の兆候をリアルタイムで把握し、壊れる前に予防的な対応をとる「スマートメンテナンス」が可能になります。従来のように時間や人手に依存する方式では、カバーしきれない施設が増え続けていたという課題を、技術が解消しつつあるのです。

また、ビッグデータを活用したインフラ資産の可視化や、AIによる修繕優先度の自動判定も、老朽化への対応精度を格段に高めています。こうした取り組みは、現場作業者の負担軽減だけでなく、インフラ行政の効率化という側面からも重要です

技術導入における現場の壁と課題

ただし、テクノロジーの導入は魔法の杖ではありません。現実の現場では、機器の操作に不慣れな作業員が多かったり、コスト面で導入をためらったりといった課題が浮き彫りになっています。特に中小規模の建設業者にとっては、最新技術の導入は資金的・人的なハードルが高いのが実情です。

また、導入した機器を適切に運用・保守できるスキルの確保も老朽化した業界構造では難しくなっており、「導入して終わり」になってしまうケースもあります。つまり、技術活用そのものが、新たな課題として立ちはだかっているのです。

老朽化が避けられない現実なら、それに対応する手段を拡充していくしかありません。テクノロジーはその有力な一手ですが、それを使いこなす“人”と“仕組み”が揃わなければ、課題は解決に至りません建設業が未来に向けて持続可能であるためには、技術と人材、両方の土台づくりが不可欠なのです。

人を育てる・人を守る ― 建設業の本質的な変革へ

若手育成と魅力あるキャリア形成

建設業の未来を語るうえで、最も重要なキーワードは「」です。どれだけ技術が進化しようとも、最終的に現場を動かすのは人間であり、そこに「やりがい」や「誇り」がなければ、長く働き続けることは難しいでしょう。今こそ、若者が将来を託したくなるようなキャリアの道筋を、業界全体で明確に示す必要があります。

たとえば、現場作業だけでなく、測量や設計、ICT管理など、職種の幅を可視化することもその一つです。また、働きながら資格を取得できる支援制度や、キャリアステップに応じた教育研修などを整備することで、インフラを支える技術者としての成長を実感できる環境づくりが求められています。

働き方改革と現場環境の改善

建設業は「3K(きつい・汚い・危険)」のイメージから脱却しつつあるものの、現場の労働環境にはいまだ多くの課題が残っています。長時間労働、休日の不安定さ、安全確保のための投資不足などがその代表です。これらを一つひとつ改善していくことが、人材流出を防ぎ、業界の信頼を高めることにつながります。

最近では、週休2日制の導入や、工期の平準化、デジタルツールによる業務効率化などの試みが進んでいます。加えて、現場の休憩所や仮設トイレの改善、作業服の機能性向上といった、細かな取り組みも効果を発揮しています。こうした積み重ねこそが、老朽化するインフラを守り抜く“人材”を、次の世代へとつなぐ基盤となるのです

持続可能な建設業の未来像とは

人口減少や高齢化が加速する日本社会において、建設業が持続可能な産業であり続けるためには、これまでの常識を疑う姿勢が必要です。従来型の「人海戦術」から、「少人数でも効率よく回る現場」へ。大量施工から「選択と集中」のメンテナンス重視へ。量から質へ、発想を転換しなければなりません。

さらに、地域住民や教育機関との連携も不可欠です。地元の高校や専門学校での出前講義や職場体験を通じて、子どもたちにインフラの大切さと、建設業の魅力を伝えていくことが、長期的な人材育成につながります。つまり、“今”の労働力を守るだけでなく、“未来”の担い手を育てる視点も欠かせません

これからの時代、インフラを支えるためには、人と制度、技術の三位一体での改革が必要です。老朽化した社会基盤を、次の世代へ安全につなぐために、建設業自身が変わる覚悟を持たなければなりません。その第一歩は、「人を守り、育てること」に他ならないのです。

まとめ

私たちの暮らしを支えるインフラが、静かに、しかし確実に老朽化しています。橋や道路、上下水道、トンネル――これらの機能が維持されていることが、日常の安心と経済活動の礎です。しかし現実には、それを守る人材が足りず、現場は疲弊し、次の担い手も見つからないという厳しい状況にあります。

こうした課題に立ち向かうには、単なる応急対応ではなく、制度、教育、技術、そして人の心にまで踏み込んだ抜本的な見直しが必要です。現場を効率化するICT技術の導入、若者が働きたくなる環境づくり、地域に根ざした人材育成――どれも短期的には成果が見えにくいものですが、未来のために今やるべき取り組みです。

建設業は「社会を作り、未来を守る産業」です。その価値を正しく伝え、人と技術が共に育つ環境を整えることで、持続可能なインフラ社会を実現できるはずです。私たち一人ひとりが関心を持ち、支える側に回る意識を持つことも、変革の一歩につながるのではないでしょうか。

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